コラム

棉を紡ぎながら

  • Tシャツの話

    2017-10-03|

    優勝記念Tシャツ、選挙Tシャツ、ファンアイテム、公式グッズとしてのTシャツ。何かと便利な販売品となっているTシャツたちは、共有共感出来るメッセージを持って存在する。しかも老若男女問わず着ることが出来るそのデザインは、真にユニバーサルな文化と言えるでしょう。そして共有共感出来るメッセージを持つことは団結や繋がりを見出すことに優れているのでしょう。普遍的なメッセージアイテムだと思います。

     

    だからこそ、
    そのような目的で創られるメッセージアイテムだからこそ、原料の在り方を問うべきではないでしょうか。皆が共有共感するメッセージを、土壌を汚して、畑で働く人達の健康を侵して、つくることは愚かであり罪深いことではないでしょうか。知らなかったから、外国での栽培だし、安く仕入れて利益をあげたい。それ以前にそもそも考えたことも無い、が最も多い感想でしょう。たかだか利益のために土壌を汚す。月末の収入のために何十年何百年後のことには目を瞑る。学校に行けない途上国の子供達が、今日も明日も農薬にまみれて、日本のためにコットンを安く作っているのです。仕方が無いのでしょうか?なんとかしよう創意工夫も無いのでしょうか?恥ずべきことです。ロックTシャツ?、フェスTシャツ?、本当にロックでカッコイイことは無いのでしょうか?

     

    和棉栽培やオーガニックコットンは提案のひとつです。身の回りを取り巻く様々な産業の在り方や矛盾を疑い、流される事なく、自身で考え、見出すことを知る。糸を紡ぐことにはこんな意味が込められています。TokyoCottonVillage設立の真の理由です。いつかこれをテーマに音楽フェスが創れたら良いな、と思う。