コラム

棉を紡ぎながら

  • 設立から10周年

    2018-01-11|

    明けましておめでとうございます。

     

    昨年は日照時間が短かったせいか棉の収穫にも影響が出てしまったシーズンでした。農作物ですので天候に左右されることは当たり前なのですが、日本向けに安定供給しなくてはならない海外のコットン栽培に従事されている方は大変ですね。国内では温暖化の影響からか北東北でもコットンが弾けたりと良いようできっと悪いニュースをよく耳にします。

     

    さて、今年度の種まきはTokyoCottonVillageとして10回目の種まきとなります。設立から10周年を迎えました。
    和綿の衰退、自給率0%、気候変動を耳にし10年前に熱り立って始めた活動です。2年目に糸を紡ぐことを覚えてからは衣食住全体についてを考えるようになり、自分が生きているのではなく自分は生かされているのだなぁと考えるようにもなりました。

     

    紡いだ糸をどうするの?という質問を頂くことがあります。糸を紡ぐのは布やモノが欲しいからだけではなく、自分の指と頭をフルに使って行う「手しごと」により得られる感覚的な安堵がその理由なのではと思っています。またその原料栽培も国内の自然環境と共に自身で手掛けられることが大きな魅力となり継続に繋がったのではと思います。5年目には「糸つむぎ」の魅力をより多くの人たちに伝えたいという一心でカフェバーという店舗化も行ってみました。店舗のクローズから2年以上が経ちましたが、和棉栽培、糸紡ぎから膨らむ様々な可能性や存続意義などを考えるとまだまだ掘っていきたい分野と考えております。

     

    売り買いするモノだけが価値では無くプロセスにも大きな価値があります。栽培では、日本の在来種を実際に見て、知り、触れ、守り、理解することが出来ます。糸紡ぎでは、指先から脳への刺激によるリラックス効果のみならず結果手元には希少な和綿の成果物が残ります。

     

    糸は原点です、安価でも高価でも服や布は糸の集合体、衣食住の衣は糸から始まります。その原料を種まきから手掛けることが出来ます。価値観が変わるような体験です。価値観が変わることは社会全体が変わること。縁生の友の心の安らぎも願うこと。産業しかり戦争しかり争いごとが起きようにありません。何故ならばそれぞれが幸せを知ることに繋がるからです。とはいえ物質文化やお金を無視出来ない現代社会の活動に寄せていく努力も惜しんではならないと思います。多少なりとも原料を創り糸も紡ぐことが出来るのだから和綿をほんの数パーセント含有するファッション(もはやパッション)の構築や地元地域の生み出した原料として地域貢献への活用、高齢社会を鑑みた認知症の抑制やコミュニティの構築など、アイディア次第で何でも出来る「大切なメッセージや歴史的背景」を持つ原料だと思っています。

     

    10周年を迎えるにあたり今一度和棉の可能性に着目し様々な挑戦を続けて行きたいと思っています。
    今年もどうぞよろしくおねがいします。